あの道へ・・あの時へ・・もう一度バイクに乗って・・。
左半身が不自由になり、心臓に欠陥を抱え、安静に過ごす毎日から抜け出してもう一度バイクに乗りたいと考えるようになったオッサンのつぶやき。
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落日燃ゆ
3月15日にテレビ朝日系で放映された「落日燃ゆ」を観た。
第32代内閣総理大臣「廣田弘毅」の後半生を描いた
「北大路欣也」主演のドラマだ。
ドラマにはっきりと描かれてはいないが、廣田を推す声に対し、
当時の昭和天皇は彼が名門の出ではないことに懸念を表したという。
こうした反応は、強烈な特権意識がなければ起こらないものだろう。
「天皇陛下万歳!」と叫んで死んで行った多くの兵士・・。
その一つ一つの命は、天皇にとって軽いものだったのだろう。
私の叔父は中国戦線で戦死した。
その命は天皇にとって軽いものでも、家族にとっては途方もなく重い。
話を「廣田弘毅」に戻そう。
彼は戦後の極東国際軍事裁判、いわゆる「東京裁判」によってA級戦犯とされ、
絞首刑に処せられた7人の中で、ただ一人の文官である。
開戦に反対の立場だった彼が死刑判決を受けたことにはどうしても疑問が残る。
「東京裁判」は戦勝国によって行われた。
だが、日本国民によって戦争犯罪を問う法廷は開かれていない。
世界の国々が自国民の手で戦争犯罪人を裁くのを見れば、
日本の状況は何とも不思議でならない・・。
落日を人生という旅の終焉にたとえるなら、
燃えて輝く短い時間は、廣田にとっていつの頃だったのだろう・・?
「落日」という言葉を思い浮かべたわけではないが、
いつの日か見た湿原の夕陽を思い出した。
夕陽そのもの見るだけでも言いようのない感動に包まれるのだが、
夕陽に照らされる山も、普段とはずいぶん違って見える。
ゆっくりと沈んで行く夕陽でも、感動に浸っていられる時間は短い。
時には尾を引く隕石のように感じることもある。
少しばかり宇宙の原理を知ったとしても、「落日」という表現に違和感はない。
そこに人生を重ね合わせる人もいれば、明日への希望を抱く人もいる。
気がついたら20人ほどのカメラマンが並んでいたが、
それぞれの胸に去来するものはみな違うのだろう。
陽が沈んで行く。 空の蒼さが降りて来る。
子供の頃から夕焼けは特別なものだったなぁ・・。
陽が沈んだら一斉に誰もいなくなった・・。
でも、真っ暗になるまでのほんの少しの間がとても大切なものに思える。
湿原が柔らかな色合いになり、夕闇を足止めしているようだ。
「落日燃ゆ」・・。 与えられた時間枠の中で、
製作者は「廣田弘毅」という人物像を通して何を表現したかったのか?
描かれなかった部分も含め、もう一度考えてみよう・・。
テーマ:
写真日記
- ジャンル:
写真
【2009/03/16 22:13】
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日々徒然に・・・。
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キハ54
冬の間、釧網線を「SL冬の湿原号」が走っている。
沿線の撮影ポイントには、多くのカメラマンの姿がある。
しかし、SL以外の車両に向かってカメラを構える人は少ないようだ。
私も、日頃見かける「お馴染みの車両」を注視することはない・・。
「国鉄キハ54形気動車」
国鉄末期、民営化直前の1986年に製作された車両群の一形式だと言う。
塘路河畔を行く「キハ54」
耐候性に優れるステンレス製軽量車体の採用、勾配や積雪に耐える性能を得るためのエンジン
2基搭載など、地域の実情に応じた装備が施されている。
一方、台車や変速機・運転台機器等には在来車の廃車発生部品を再利用し、
一部の機器にはバス用の汎用部品を用いるなどの策で、製作コストの適正化に留意している。
正面形状は平妻貫通式で、運転台窓回りを黒色とした大窓風の意匠を採用する。
運転台窓上には種別・行先表示器を設ける。
前面と側面の接合部は白色のFRP部材を額縁状に配する。
釧路の市街地を抜ける「キハ54」
新潟鐵工所(現・新潟原動機)製の直列6気筒ディーゼル機関DMF13HS (250PS/1,900rpm)
を2基搭載し、車両の定格出力を500PSとしている。
ターボチャージャー付の直噴式で始動性に優れ、メンテナンス性も改善されている。
北海道仕様車は酷寒地で使用する区分で、1986年に29両 (501 - 529) が製作された。
過酷な気象条件の中での運用に備え、随所に凍結対策が施される。
排雪走行や動物との衝突などに備え、運転台下にはスカートが装備される。
厚岸の町を釧路に向けて通過中の「キハ54」
北海道の非電化路線は冬期の積雪と列車頻度などの条件により、
走行する列車自身に線路上の積雪を除去させる排雪走行の能力を要する。
国鉄では北海道向けの2機関搭載両運転台車は長く製作されず、
キハ22形・キハ40形などの1機関搭載車を地域輸送に使用していた。
これらの形式は出力に余裕がなく、
冬季は冗長性確保のため2両以上の編成で運行する対応がとられた。
輸送実績に比し過大な運用コストが加重することから、
この運用方法の解消は長年の課題であった。
民営化に先立ち、国鉄最終年度の予算で投入された新型車両だったんだな・・。
仕様
客室窓は小型の一段上昇式で、車内側にFRP枠の内窓を備えた二重窓である。
客室扉は 850mm 幅の引戸で、氷雪対策として機関廃熱利用の温水ヒーターを装備する。
開閉はドア横の押しボタンによる半自動仕様である。
ドアチャイムはドア付近の天井に設けられ、閉まるときのみ鳴動する仕様である。
室内は出入台と客室を仕切るデッキ仕切扉を設けるが、仕切り腰部から上をガラス張りとして
展望を良くし、同時にワンマン運転時の運転士の車内監視に資している。
車体には赤を主体として下部にクリームと黒の細線を配したテープを貼付する。
(資料:Wikipediaより抜粋)
花咲線走行中の「キハ54」
遠方へは常に車で移動する私は、残念ながら乗車した経験がない。
しかし、決して多くはないが、熱心な愛好家がいるのも確かだ。
ローカル線の堂々たる主役「キハ54」。
いつまでもその雄姿を見ていたいと願う人は結構いるはずだ・・。
テーマ:
写真日記
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【2009/02/21 17:06】
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