あの道へ・・あの時へ・・もう一度バイクに乗って・・。
左半身が不自由になり、心臓に欠陥を抱え、安静に過ごす毎日から抜け出してもう一度バイクに乗りたいと考えるようになったオッサンのつぶやき。
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自衛隊は間違いなく「暴力装置」である。


仙谷官房長官が自衛隊を「暴力装置」と表現した。
そのことで批判を浴び、釈明に追われた。

その釈明というのがまた笑わせる。
自衛隊員に謝罪し、「実力装置」と言い換えた。

東京都の石原知事は、
「軽率というか、バカというか、甚だ好ましくない。」

などと言って非難した。

「口先セージ」こと前原外務大臣は、
「昔、共産党系の本も読んでいたのでしょう。
 その中に暴力装置のような言葉があったやに、
 本人から聞いた。それが間違って出たものだ。」


と言って擁護した。


どちらも失笑ものには違いないが、
当の官房長官は記者会見で、
我々が慣れ親しんだ時代と、言葉の持つイメージが
 違うことに思いを致すべきだったと反省している。」


と、昔とは言葉の持つ意味が違って来ていることを示唆し、

自民党の石破政調会長の過去の発言を取り上げ、
「石破先生も『警察と軍隊という暴力装置を
 合法的に所有するというのが国家の定義』と言っている。」


などと、自己弁護をしてみせた。


石原都知事については、
中国漁船の乗組員がモリで突いたというデマを信じ、
自身の軽率・バカを世に示したばかりだ。


自民党の女性参院議員などは実にヒステリックだ。

丸川珠代参院議員は
「自衛隊の方々に失礼極まりない!」と叫び、

三原じゅん子参院議員は自身のブログで、
暴力装置?(怒)
私達を命懸けで守って下さっている自衛隊の事を
「暴力装置」って仙谷官房長官が口走った!(怒)

左翼的な言い方、絶対に許せない!
いや、許したら駄目ですよ!(怒)
日本國を愛する日本人よ!
そう感じませんか!(怒)(怒)(怒)


という、一般市民レベル以下の見識も持たぬことを晒した。


「暴力装置」という言葉そのものは極めて冷静なものであり、
何らヒステリックに反応すべき言葉ではない。

ただ、官房長官の立場にある者が、
国会答弁という場で用いることにはいささかの問題はあるかも知れないが、
意図的な批判を受けて全面的に撤回・謝罪するほどでもないだろう。

政治学や社会学における専門用語として用いたのであれば、
丁寧にその意味を説明すれば良いだけのことである。

まぁ、当の本人が言葉の意味を理解していなかったかも知れないが・・。


私ぐらいの年代であれば、
「暴力装置」という言葉は中学生の頃から知っている。

警察や軍隊のように組織化された暴力のことで、
ドイツの社会学者・マックス・ウェーバーによって位置づけられた。

・・・ぐらいのことを習ったはずだ。


レーニンが「国家と革命」の著書で用いたことで、
安保闘争に熱心な日本の左翼運動家などが自衛隊や警察を揶揄したり、
誹謗する意味で盛んに使われた経緯はあるが、
かの官房長官も、自身の出自からその程度の認識だったのだろう。


しかし各省庁などの政府機関でも「暴力装置」は普通に使われている。

災害対策における自衛隊への応援要請と、
配分調整に関する内閣府の調査シートの文面には、

軍隊という「暴力装置」を持つに当たって経なければならない議論を、
私たちは欠いてきた。


などの記述が見られる。


人道主義や平和主義だけでは自国民を護れない。

国家を護るためには、あらかじめ組織化された
「暴力装置」を用意しておかなければならないという現実がある。

自衛隊が、常にシビリアン・コントロール下に置かれた組織
でなけれなならないからこその「装置」なのだ。


自衛隊が「装置」を脱却しては、ただの「暴力組織」だろう。
「暴力装置」という言葉にはそれなりの意味があるのだ。





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