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辛いだけでは語れない出来事があったのですね・・ 目の前で起きた現実を受け止められなかったとお察しします。
大学1年のとき、小学校6年間同じクラスだった友人が 久しぶりにバイト先に訪ねてきました。 彼は中学からは引越しをしてしまったので、7年ぶりでした。
その年、お母さんを病気で亡くしたと聞きました。 彼も寂しかったのでしょう。 その日は酒を飲み、私の家に(無理やり?)泊めて、 懐かしい話をたくさんしたものです。
年が明けて、2日の日。 そのとき酒を飲んだ友人から電話がありました。 「○○のことなんだけど・・・」
私は当然新年会をやるんだと能天気でいました。
「あいつ、去年の年末、屋根から落ちて、死んじゃったんだよ・・」
まだ21でした。
仲間と彼の葬儀に行く途中でも、 私たちはそれがまだ冗談なんだと思いたくて、 笑って歩きました。
おそらくそうでもしなきゃ、いられなかったんだと思います。
人が大勢いる彼の家に着きました。 遺影が笑っています。
気丈にも妹さんが笑顔で迎えてくれました。
棺に横たわる彼を見て、 それが現実だったんだとようやく思い知らされました。
屋根から落ちたと聞いていましたが、 額に切り傷が見えるだけ。
彼は雨漏りのする屋根に上り、 その修理をしていたそうです。 年末だから業者の手配が付かなかったのでしょうか。
まるで最後のお別れを言いに来たような再会となってしまいました。
私は、知らせを聞いてその現実を知りましたが、 goodjoneさんは、それを目の当たりにされたのですから、 その心の傷は私には想像できないほど大きかったと思います。
途中でバイクとともに昇華してしまった彼も、 goodjoneさんのバイクのまたがる後姿を 今度は見たいのではないかと思っています・・・・
長いコメントで失礼しました・・
【2007/05/25 17:34】
URL | 玉三郎 #Vas2b2vM [ 編集]
玉三郎さん、ありがとうございます。
人の死に接するのは、誰でも辛いものですね。 家が漁師で、海辺で育った私は、多くの人の死に接していましたが、 あの事故の時はさすがに立ち直る時間を要しました。
このことを語る気持ちになったのは、自分が死の危機に接し、人生観が変わった せいだと思います。自分が死んでも家族や友人は忘れないでいてくれるだろうか・・?
そう、人は記憶の中で行き続ける・・。実感しました。
事故のことは思い出したくないが、彼の笑顔は忘れないでいたい。 後年、再びバイクに跨ることになるのですが、その話はまた・・。
玉三郎さん、忘れないでいましょうよ。 想い出の中で彼らと酒を酌み交わしましょう。 そうすれば、いつまでも共に生きられます。
そしてお互い、必ずお会いしましょう! 話したいことが、山ほどあるのです。
【2007/05/25 18:30】
URL | goodjone #- [ 編集]
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