あの道へ・・あの時へ・・もう一度バイクに乗って・・。
左半身が不自由になり、心臓に欠陥を抱え、安静に過ごす毎日から抜け出してもう一度バイクに乗りたいと考えるようになったオッサンのつぶやき。
プロフィール

goodjone

Author:goodjone
FC2ブログへようこそ!



リンク

このブログをリンクに追加する



最近の記事



最近のコメント



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



最近のトラックバック



RSSフィード



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

落日燃ゆ

3月15日にテレビ朝日系で放映された「落日燃ゆ」を観た。
第32代内閣総理大臣「廣田弘毅」の後半生を描いた
「北大路欣也」主演のドラマだ。

ドラマにはっきりと描かれてはいないが、廣田を推す声に対し、
当時の昭和天皇は彼が名門の出ではないことに懸念を表したという。

こうした反応は、強烈な特権意識がなければ起こらないものだろう。
「天皇陛下万歳!」と叫んで死んで行った多くの兵士・・。
その一つ一つの命は、天皇にとって軽いものだったのだろう。

私の叔父は中国戦線で戦死した。
その命は天皇にとって軽いものでも、家族にとっては途方もなく重い。

話を「廣田弘毅」に戻そう。
彼は戦後の極東国際軍事裁判、いわゆる「東京裁判」によってA級戦犯とされ、
絞首刑に処せられた7人の中で、ただ一人の文官である。

開戦に反対の立場だった彼が死刑判決を受けたことにはどうしても疑問が残る。
「東京裁判」は戦勝国によって行われた。
だが、日本国民によって戦争犯罪を問う法廷は開かれていない。

世界の国々が自国民の手で戦争犯罪人を裁くのを見れば、
日本の状況は何とも不思議でならない・・。

落日を人生という旅の終焉にたとえるなら、
燃えて輝く短い時間は、廣田にとっていつの頃だったのだろう・・?

「落日」という言葉を思い浮かべたわけではないが、
いつの日か見た湿原の夕陽を思い出した。

090316a.jpg


夕陽そのもの見るだけでも言いようのない感動に包まれるのだが、
夕陽に照らされる山も、普段とはずいぶん違って見える。

090316b.jpg


ゆっくりと沈んで行く夕陽でも、感動に浸っていられる時間は短い。
時には尾を引く隕石のように感じることもある。

090316c.jpg


少しばかり宇宙の原理を知ったとしても、「落日」という表現に違和感はない。
そこに人生を重ね合わせる人もいれば、明日への希望を抱く人もいる。
気がついたら20人ほどのカメラマンが並んでいたが、
それぞれの胸に去来するものはみな違うのだろう。

090316d.jpg


陽が沈んで行く。 空の蒼さが降りて来る。
子供の頃から夕焼けは特別なものだったなぁ・・。

090316e.jpg


陽が沈んだら一斉に誰もいなくなった・・。
でも、真っ暗になるまでのほんの少しの間がとても大切なものに思える。
湿原が柔らかな色合いになり、夕闇を足止めしているようだ。

090316f.jpg


「落日燃ゆ」・・。 与えられた時間枠の中で、
製作者は「廣田弘毅」という人物像を通して何を表現したかったのか?

描かれなかった部分も含め、もう一度考えてみよう・・。



スポンサーサイト

テーマ:写真日記 - ジャンル:写真


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する




上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。