あの道へ・・あの時へ・・もう一度バイクに乗って・・。
左半身が不自由になり、心臓に欠陥を抱え、安静に過ごす毎日から抜け出してもう一度バイクに乗りたいと考えるようになったオッサンのつぶやき。
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貴重な観光資源「SL冬の湿原号」を撮る。


熱心な鉄道ファンのことを「鉄っちゃん」と呼ぶらしい。
「鉄っちゃん」には「乗り鉄」や「撮り鉄」など、
楽しみ方によっていろんな呼び名があるという。

今は「SL冬の湿原号」が運行中なので、
沿線のあちらこちらに「撮り鉄」の姿を見かける。

3月初旬まで釧網線を走るのは2機の蒸気機関車だ。
「C11-171」と「C11-207」が交代で運行する。


C11形機関車は、明治期の古いタンク機から21年ぶりに誕生した
国産タンク機C10系の改良形として登場し、
主に支線区の小単位列車の牽引を使命として、
高速・高出力の性能を持った機関車として重用されていたらしい。

「C11-171」は1940年(昭和15年)川崎車両にて製造され、
1942年から旧深名線や留萌線など、道内の様々なところで使用された。

110131a


旧瀬棚線のディーゼル置き換えに伴って釧路機関区所属となり、
主に標茶~根室標津・厚床を結んでいた旧標津線において活躍した。
その後はやはりディーゼル置き換えの波に押され、
昭和50年(1975年)3月に最終運行を終え、その生涯に幕を閉じた。

同年11月からは標茶町の桜児童公園に生態保存されていたが、
1998年にJR北海道からの要請で変換され、苗穂工場で修理を受けた。

そして長い眠りから覚めた「C11-171」は1999年、
「SLすずらん号」として深川~留萌間の運行により完全復活を遂げた。
活躍の場は「SL函館大沼号」、「SLふらの・びえい号」へと広がり、
2000年1月より「SL冬の湿原号」として釧路湿原を駆け抜けている。


「C11-207」は1941年(昭和16年)日立製作所笠戸工場にて製造。
「C11-171」と同じく一貫して北海道で使用された。

前照灯が1個の「C11-171」に対し、こちらは濃霧の多い線区で使用されたため、
前照灯を左右除煙板のステー上に各1基ずつ搭載する2灯式で、
独特の外観は「カニ目」と呼ばれて多くの「鉄っちゃん」に愛されている。

110131b


「C11-207」は静内公園に保存されていたが、
北海道鉄道開通120周年イベントとして2000年に復元された。
しかし復活1年目は車軸の異常発熱が頻発して満足に運用できず、
修理と調整を繰り返した末、翌年になってようやく安定稼働するようになった。

以後は「SLニセコ号」を中心として「SL函館大沼号」などにも使用され、
冬の間は「SL冬の湿原号」として「C11-171」と共に活躍している。


そして今日は両雄揃っての重連運転が実施される日だ。
定番の撮影スポットは「撮り鉄」でいっぱいなので、
高台からやや見おろす形で撮影することにした。

110131c


「撮り鉄」が1人もいない場所からの撮影だが、
蒸気機関車が2機連なって来る様子にはちょっとワクワクした。

110131d


今や道東の「冬の風物詩」となった「SL冬の湿原号」は、
貴重な観光資源としての役割も立派に果たしているという。


それにしてもSLの汽笛や走行音には郷愁を誘うものがある。
小さい頃に両親に連れられて函館へ行った時のことを思い出す。

「古き良き昭和」が残っていることに感謝・・。





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