あの道へ・・あの時へ・・もう一度バイクに乗って・・。
左半身が不自由になり、心臓に欠陥を抱え、安静に過ごす毎日から抜け出してもう一度バイクに乗りたいと考えるようになったオッサンのつぶやき。
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消えない原風景


打ち寄せる波を見ていると、わずかに胸が痛む・・・。

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いつまで見ていても飽きないほど波を見ているのが好きだ。
でも、何故か胸の奥に小さな痛みを感じるのだ。

強い風が飛沫のカーテンを作り出す時、
その痛みはよりはっきりとしたものになる。


生まれた家が浜辺にあったので、海を見ない日はなかっただろう。
波の音を聞きながら眠った記憶も確かにある。

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物心がつき始めた頃、ある老夫婦のお宅に預けられていた。
私は末っ子で、年の離れた4人の兄がいる。

10歳年上の、すぐ上の兄が私を背負い、通学途中に預けて行った。
1日中外で働く両親に、私の面倒を見る余裕などなかったのだ。

そんな生活がどのぐらい続いたのかは分らないが、
ある日、もう1人別の子を預かるようになったことで、
私はもうそのお宅に寄り付かなくなったらしく、
預けてもいつのまにか逃げ帰って来たという話だ。

激しく波が打ち付ける浜辺を、泣きながら歩いたことを覚えている。

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小学校に通うようになった頃、海を見ることが多くなった。
1番上の兄には、自分が一家を支えているのだという強烈な自負があったのだろう。
働き手にならない私を「ごくつぶし!」といって責めた。

海が荒れて漁に出られない日は、その苛立ちが頂点に達した。

「このごくつぶしめ!」

その言葉に追い立てられるように渚へと走った。

兄の言葉と「生まれて来なければ良かった」という思いが交錯し、涙が落ちた。
荒れ狂う波が、深い海の底へと連れて行ってくれるような気がした・・。

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飛沫を浴びてびしょ濡れになり、泣き疲れた私を番屋へと連れ帰り、
風呂に入れて寝かせてくれたのは、船の乗組員や浜で働く女工さん達だったそうだ。
夜になって、母が何度も様子を見に来ていたらしい。
母も眠れぬ夜を過ごしていたのだろうと想像したのは大人になってからだ。


後年、兄の助けや応援がなければ今の私は存在しないかも知れない。
特に私が病に倒れてからの兄はとても優しく、言い尽くせぬ感謝の思いがある。

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打ち寄せる波を見ていると、わずかに胸が痛む・・・。

幼い頃の悲しい記憶は、月日の波に洗い流されることもなく、
歳を重ねるごとに鮮明になって来るようだ。


小さな胸の痛みとともに、消えない私の原風景・・・。




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テーマ:懐かしさを覚える情景 - ジャンル:写真

落日燃ゆ

3月15日にテレビ朝日系で放映された「落日燃ゆ」を観た。
第32代内閣総理大臣「廣田弘毅」の後半生を描いた
「北大路欣也」主演のドラマだ。

ドラマにはっきりと描かれてはいないが、廣田を推す声に対し、
当時の昭和天皇は彼が名門の出ではないことに懸念を表したという。

こうした反応は、強烈な特権意識がなければ起こらないものだろう。
「天皇陛下万歳!」と叫んで死んで行った多くの兵士・・。
その一つ一つの命は、天皇にとって軽いものだったのだろう。

私の叔父は中国戦線で戦死した。
その命は天皇にとって軽いものでも、家族にとっては途方もなく重い。

話を「廣田弘毅」に戻そう。
彼は戦後の極東国際軍事裁判、いわゆる「東京裁判」によってA級戦犯とされ、
絞首刑に処せられた7人の中で、ただ一人の文官である。

開戦に反対の立場だった彼が死刑判決を受けたことにはどうしても疑問が残る。
「東京裁判」は戦勝国によって行われた。
だが、日本国民によって戦争犯罪を問う法廷は開かれていない。

世界の国々が自国民の手で戦争犯罪人を裁くのを見れば、
日本の状況は何とも不思議でならない・・。

落日を人生という旅の終焉にたとえるなら、
燃えて輝く短い時間は、廣田にとっていつの頃だったのだろう・・?

「落日」という言葉を思い浮かべたわけではないが、
いつの日か見た湿原の夕陽を思い出した。

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夕陽そのもの見るだけでも言いようのない感動に包まれるのだが、
夕陽に照らされる山も、普段とはずいぶん違って見える。

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ゆっくりと沈んで行く夕陽でも、感動に浸っていられる時間は短い。
時には尾を引く隕石のように感じることもある。

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少しばかり宇宙の原理を知ったとしても、「落日」という表現に違和感はない。
そこに人生を重ね合わせる人もいれば、明日への希望を抱く人もいる。
気がついたら20人ほどのカメラマンが並んでいたが、
それぞれの胸に去来するものはみな違うのだろう。

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陽が沈んで行く。 空の蒼さが降りて来る。
子供の頃から夕焼けは特別なものだったなぁ・・。

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陽が沈んだら一斉に誰もいなくなった・・。
でも、真っ暗になるまでのほんの少しの間がとても大切なものに思える。
湿原が柔らかな色合いになり、夕闇を足止めしているようだ。

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「落日燃ゆ」・・。 与えられた時間枠の中で、
製作者は「廣田弘毅」という人物像を通して何を表現したかったのか?

描かれなかった部分も含め、もう一度考えてみよう・・。




テーマ:写真日記 - ジャンル:写真





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